Meltな気分で

コギトが書く、時事中心の雑多なブログです。暇つぶしにどうぞ。

政治家と官僚はどちらが上か?どちらの言葉を信じるか?

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前文科事務次官の前川喜平氏が、本日夕方、ふたたび記者会見したようだ。

関心がないので会見は見ていないが、SNSでの反応をみると、自己弁護と官邸批判を繰り返しただけで内容的に目新しいものはなかったようだ。

 

 

 一昨日は、籠池氏がニセ札持参で100万円を返すというパフォーマンスをした。

このタイミングでの籠池氏と前川氏の行動はあきらかに左翼の「倒閣運動」の一環。

直近の都議選で、自民惨敗を呼び込み、それを契機に安倍内閣を追い込みたい狙いだろう。

籠池氏は偽札パフォーマンスがあだとなって不発。

今日は、前川の話なんか誰も興味をもたないだろう。

34歳の女性が、絶望的な状況に置かれながらも、常に前向きで勇気をもって生き抜いたその姿に、心動かされたはずだ。

ああいう姿を見せられた日に、誰かを非難するだけの会見など見たくはない。

 

人間はいずれ死ぬ。

だったら、正しいと思うことを、フラットな見方で見て、考え、行動するだけだ。

 

自分は今、安倍政権を支持しているが、政権が贈収賄に絡んだりしたら、もちろん支持しないし、経済政策を間違え不況になったら、支持しないし、外交で国益を損ねるようなことをしたら支持しない。

安倍政権はその点、満点ではないけれど、「不支持」になるほどのチョンボはしていない。

だから支持するだけだ。 

左翼勢力とその勢力の支配下にあるマスゴミは、そういう「フラットな見方」で政権を見ない。

はなから、安倍政権を右翼とみなし、すべてを否定する。朝日の言うように『安倍の葬式を出すこと』だけしか見ていない。そのためには国民が不幸になってもかまわないという狂気じみた姿勢だ。

こんなのは断じて認められない。

 

今回、その倒閣運動に加わったのが文科官僚だ。

東大を出、国家一種という難関をパスしたエリートと、こういっては失礼だが、三流私大卒の政治家、どちらが上で、どちらの言葉を信じればいいか?

答えは簡単。

政治家だ。安倍首相の方だ。

なぜなら、政治家は国民に選挙で選ばれているからだ。

それが民主主義国家だ。国民に選ばれた政治家の方が官僚より偉い。

本来、官僚は政治家の指示に従うだけの「公僕」である。

国家戦略特区で政治家が「やれ」と号令をかけたら、それに従えばいい。抵抗すること自体がおかしい。

『行政が歪められた』

前川氏はそう批判したが行政の長は前川氏だったはず。

行政が歪めらたとはどういう意味か?

手続き論で不満があれば、いくらでも口を挟める地位にいる。首相が法に抵触するようなことをすれば、角栄のようになるだけだ。

 今回の件はすべて合法的に行わていることははっきりしている。

それに官僚が従わないは理由はない。

官僚は決められたルールに従い、それを着実に実行するだけの存在なのだ。

政治家は失政をすれば、民意を失う。嘘をついたり信頼をなくせば、選挙で落ちる。責任は取らされるのだ。

官僚は選挙で選ばれていない。なにをしても責任は取らされない。身分は安泰だ。だから公僕として、決められたことだけをやっていればいいのだ。

 

日本は官僚が支配している、と言われて久しい。

 かつて、戦後の復興は政治指導で行われた。『吉田、池田、佐藤、田中』内閣までは政治主導で物事が決められたが、田中がロッキード事件で失脚すると国民の政治不信が高まり、官僚が支配するようになる。

第30回 戦後官僚主導体制は何を作ったのか 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

中曽根や橋本は行革を試みたが、一度失った主導権を政治が取り戻すことは出来なかった。

官僚の権限が大きくなると同時に、『天下り』に代表される巨大な既得権益が常態化することとなる。

短命で終わる内閣を横目で見ながら、官僚は政治家の言うことを聞くふりだけし、鼻で笑っていたのである。

「面従腹背」

<表面だけは服従するように見せかけて、内心では反対すること>

前川氏はそう言った。まさにその通りだ。

省益や自己の利益のために「面従腹背」しているのである。

 

今回の問題の本質は、権限を守り、岩盤規制を温存し、みずからの既得権益を死守しようとする官僚と、それにくさびを打ち込もうとする政治の戦いなのだ。