Meltな気分で

コギトが書く、時事中心の雑多なブログです。暇つぶしにどうぞ。

赤川次郎など著名人が左翼になるには理由がある

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赤川次郎が朝日新聞の声の欄に登場し、

<安倍さん、あなたが「改憲」を口にするのは100年早い>

という投稿をした。

おそらく朝日新聞からの依頼を受け、書いたのであろうが、赤川次郎に限らず、他にも少なくない著名人、作家からミュージシャン、芸能人に至るまで総じて安倍政権に強く批判的だ。

 

おバカな芸能人は安倍政権の政策などまったく理解しておらず、たんに「反権力」がカッコいいと思ってやっているだけの、空っぽな連中だから放っておけばいいが、赤川次郎や坂本龍一や、村上春樹などは一応インテリと見做され、一定の影響力があるからタチが悪い。

彼らが間違ったことを流布し、それが左翼勢力の広告塔として機能することを考えれば看過もできないと思う。

なぜ、彼らがそういう行動に出るのか、少し考えたい。

 

全共闘時代から脳をアップデートできない

赤川次郎、坂本龍一、村上春樹はともに1950年前後の生まれである。

つまり70年安保の時に学生だった世代、いわゆる全共闘世代に入る。

当時の学生の実に15%もがこの運動に参加していたという。共感していた学生を含めるとほとんどすべてかもしれない。

現在65歳以上の左翼はすべてここに入ることになり、65歳以上の人で現在は保守の立場の人も、一度は全共闘の思想に染まり、そこから自らの思考で脱却した人が多い。

 

赤川次郎などは今でもまだそこから脱却していないのである。

今回朝日に投稿された声を見るとよくわかる。

 


 ところが、日本では、すでに歴史となった過去の侵略や虐殺すら否定しようとする人々がいる。軍国主義そのものだった「教育勅語」さえ評価するとは、もはや海外との歴史認識の差のレベルではない。
 その人々が今手にしようとしている最悪の武器が、戦前の治安維持法に重なる「共謀罪」法案である。これがなければ五輪は開けない?ならば五輪を中止すればよい。たったひと月ほどの「運動会」のために、国の行方を危うくする法律をつくるとは愚かの極みだ。五輪は終わっても法律は残るのだ。


(6月15日付 朝日の投稿欄より抜粋)

 

ラノベ作家とはいえ、言葉で生計を立てている赤川次郎が本当にこの程度の認識なのかと少し唖然とした。

これじゃあシールズの若者と同じ脳みそじゃないか。

 

「南京大虐殺の否定」「教育勅語」に脊髄反射し、「テロ準備罪」を共謀罪と言い換え、その上で戦前の治安維持法だとレッテル貼りをし、「五輪」を国威発揚の場として嫌悪する。

赤川次郎は、自分が、『物事の本質にはまったく見向きもしない、原理主義的なただの反日左翼である』と言っているようなものである。

たぶん彼の左翼脳は半世紀以上、アップデートされることなく、そのままなのだろう。

 

大衆から支持されたくて左翼を貫く作家

作家やミュージシャンが誰を相手に商売をしているかといえば、それは「大衆」である。

大衆に嫌われては商売はやっていけない。これは芸能人も同じ。

だから大衆受けをする発言や行動をする。

彼らにとって都合が良いのは左翼的リベラリズムである。左翼リベラリズムが、耳に心地よいスローガンで理想を言い続けるだけだからだ。

 

「反戦」「平和」「国境なき世界」「自由」「平等」「男女同権」「エコ」

左翼は深くは考えないし、現実を見ない。ジョン・レノンの『イマジン』の世界を歌うだけである。

平和な暮らしをするにはおまわりさん(軍隊)が必要なのに、左翼は『おまわりさんは要らない』という。『おまわりさんがいるから殺人や暴行を誘発する』という訳の分からない屁理屈を言う。

この世に「100%の自由」など存在しえない。そんな世界はただのカオスだ。なのに規則を作ろうとすると「自由が脅かされる」とすぐ喚く。

 

左翼のスローガンなどお題目で、ただのファッションにすぎない。

しかし、大衆は、そのファッションに流されやすい。大衆は心地よい言葉に深く考えずに酔ってしまう。

私は大衆をバカにしているわけではない。

大衆は常に現実を見ている存在だ。

実際にテロが国内で起こったら、実際に移民が押し寄せてきたら、大衆は左翼の言うことなどこれっぽちも聞かなくなるだろう。

そうなる可能性は高いと思う。

まだ現時点は大衆が左翼のスローガンを心地よくBGMとして聞いているだけなのだ。

著名人は大衆が別のメロディーを聞き出したら、きっと後から同じメロディーを口ずさむだろう。

彼らの多くは、大衆に媚びているだけだから。

 

既得権益にしがみつく左翼言論人

既得権益というのは右派や保守の方にあり、左派やリベラルはそれを打破する方だというのは間違った思い込みである。

米大統領選でトランプに惜敗したヒラリーは既得権益側だとみなされ、労働者階級からそっぽを向かれた。

 

日本でも実際は左翼が既得権益側にいる世界が多くある。戦前は右翼がすべての既得権益を握っていたが、戦後はそう単純ではない。

 

新聞社の、有力OBの多くは企業や大学に天下っている。大学には新聞社枠というのがあり、新聞の主幹クラスは副理事や教授職に就いている。それを世間が知らないのは、マスコミが報道しないだけだからだ。

官僚の天下りについて新聞が本気で追及をしないのは、自分たちも同じことをしている後ろめたさからである。その代わりに政治家を標的にして正義感を世の中に見せてつけている。

偽善である。

例えば、以下の記事を参照にしてくれれば一目瞭然かもしれない。

「東の加計学園」こと国家戦略特区の成田市「国際医療福祉大」が話題にならないのはマスコミOBを大量に受け入れているから? 朝日新聞前社長の木村伊量氏も受け入れ【アノニマスポスト コラム】 |

 

 日本の大学はマスコミと官僚の有力な天下り先である。

 

日本のアカデミズムは東大を筆頭に左翼の勢力下にある。保守系のジャーナリストを受け入れる大学もあるが、数で言えば圧倒的に少ない。

大学の既得権益は左翼が握っているのだ。

ジャーナリストが、大学教授へのポストを貰うためには左翼思想を貫いた方が確実なのは厳然たる事実だろう。

 

テレビ業界も同じで、ワイドショーのコメンテイターの多くは左翼だし、キャスターで保守主義の人間なんて存在しない。これはテレビ全般に言えることでタレントが左翼思想を口にするのもこんな状況では仕方ない。例え正論でも右よりの言葉を放った瞬間、干されるのを覚悟しなければならないのだ。

 

意識するしないに限らず、「反体制」を標榜する左翼の方が実は体制側にあり、そこにはがっちりとした既得権益が存在する世界は多い。

作家や音楽家、芸術家はその空気を充分に把握した上で、「体制側としての左翼」に身を置きやすい。