読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Meltな気分で

コギトが書く、時事中心の雑多なブログです。暇つぶしにどうぞ。

ジョン・レノンの「イマジン」は左翼の応援歌ではない

スポンサーリンク

本日12月8日は二つの記念日。

一つは日本が真珠湾を攻撃した日。日米開戦の日。

もうひとつはジョン・レノンが射殺された日。命日。こちらは36年前。1980年だから36年前のことになる。

そのジョン・レノンのことについて元外交官の加瀬さんが興味深いことを書いてあるのでぜひ読んでほしい。

偉大な人物の死は、時代の区切りであり象徴的な意味合いがある、とどこかの本で読んだ覚えがある。

戦後の日本で言えば、1970年の三島由紀夫の死は、日本の高度経済成長の終わりを意味していた。実際、高度成長は1973年で終わる。あの時の三島の焦り、

『・・・日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう』

という予言はズバリ的中した。

そして日本はバブル経済へと無意味に突き進む。

そのバブル経済の終わりは1989年の昭和天皇の崩御が予言した。しかも昭和天皇ほどの世界史に影響を与えた人物は日本だけでおさまるわけもなく、ベルリンの壁崩壊と冷戦構造の終焉をも巻き込んだように見える。

 

ジョン・レノンの死は1980年。

これは派手な左翼運動の終焉を意味していたのではないか。日本では60年、70年安保闘争を経て、続く成田闘争。80年はその成田闘争の終焉の時期だ。もちろん、派手な社会を揺るがす左翼運動はなくなったが、彼らの残滓は日教組や新聞や学者の中でいまだにしぶとく生き続いている。

ジョン・レノンの「イマジン」は左翼思想の応援歌。誰もがそう思っている。

戦争のない、宗教のない、国境のない、所有欲もない、人種もない、平等な世界を目指すことの大切さを歌っている。

だが、実際のレノンは別に左翼思想にかぶれてあの曲を作ったわけではない。確かにベトナム戦争を反対していたが、左翼の視線とは違う。

ジョン・レノンがオノ・ヨーコと靖国神社を参拝し、日本の神道に強く惹かれ、共感していたという事実。神道は八百万の神。あるがままの自然を信仰する。人間もその一部という考え。一神教の宗教とは違う。

ジョン・レノンの「イマジン」は一神教であるキリスト教への反発から作られたものだった。「天国なんてない」という台詞がすべてだ。

欧米人がキリスト教を否定するということは既存のすべての価値観を疑うことに等しい。信じるものは、この世にある自分自身と愛する者だけということだ、レノンはそう言っている。

これはかなりラディカルな歌なのだ。

本来は左翼が理想とするような歌ではない。

私も含め、日本人のほとんどは誤解していたかもしれない。